<「まるごし刑事」原作者と小学館マンガ編集者の最強タッグ>
~漫画原作者としてデビューする方法をゼロから教えます~
売れてるマンガ家の年収って、いくらか知ってますか?
1億、2億は当たり前、中には10億円以上稼ぐ人もいます。
吉田は、よく、マンガ原作者の北芝健さんに、こんなことを言われます
「吉田さん、なんで、マンガ原作をやらないの? 原作者は儲かるよ~。
1冊単行本が出たら、最低●百万円ぐらいにはなるから~」と。(笑)
その時、吉田はかなり心が動いたのですが、
本業の童話と出版プロデュースが忙しく
ずっと先延ばしにしてきました。
北芝健さんは、秋本治氏の「こち亀」の漫画原作もしている超ベテラン原作者です。
『踊る!大捜査線』の主人公青島刑事(織田裕二)のモデルは、北芝さんです。
『警察裏側』(バジリコ出版)50万部のベストセラーも出しています。
今回、北芝健さんと、小学館の武者正昭さんのご尽力があり
初めて、マンガ原作者としてのノウハウを真剣に学べる機会が実現しました。
武者正昭さんは、「ケロロ軍曹」の吉崎観音や、
「二十世紀少年」の浦沢直樹を発掘した方です。
「ポケットモンスター」(日下秀憲/山本サトシ)
「海猿」(小森陽一/佐藤秀峰)「GU-GUガンモ」(細野不二彦)
「六三四の剣」(村上もとか)、「うしおととら」(藤田和日郎)、
「健太やります!」(満田拓也)などの
ミリオンセラーマンガも世の中にたくさん送り出しています。
マンガ編集者として28年勤務。
マンガ原作者として37年間活躍している
武者正昭さんと、北芝健さんを講師としてお呼びし、
実際の原稿の書き方やデビューの仕方まで語っていただきます。
◆マンガ原作者としてデビューしたい方へ
◆小さいときからの夢を叶えたいと思っている方へ
今回のセミナーは、二度とない貴重なセミナーです。
あなたの人生が変わるかもしれない最大のチャンスです。
それくらい価値のある実践講座です。
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<ご案内>
■日時:2009年7月27日(月) 18:00~22:00
■場所:アットビジネスセンター池袋駅前会議室601号室
■地図:http://www.at-bc.com/annai.html
JR山手線・地下鉄「池袋駅」から徒歩10秒。
東口を出たら、目の前に見えます。旧三越デパートの右側のビルです。
■定員:30名。
■参加費:32,000円
⇒ 7月22日までにお申し込みの方「28.000円」
■申し込み:下記のフォームに必要事項をお書き添えの上お申し込みください
https://ssl.formman.com/form/pc/7GudVUddWbqRvdgp/
■入金方法:事前入金制(※どちらかを選んでください)
①クロネコヤマト代金引換
②銀行振り込み
■この講演会の対象者
・マンガ原作者になりたい人、原作をしたことのある人。
・マンガ家になりたい人、マンガの持ち込みをしたことのある人。
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<セミナー内容 一部抜粋>
■小学館編集者 武者正昭さん
◆第一部 こんな原稿は、マンガにならん!
(マンガ原作持込の現場から)
・武者正昭は、どんなマンガ家・マンガ原作者たちに出会ってきたのか?
・編集者はマンガ原作持ち込みに、どのように対応するのか?
・才能を感じるマンガ原作者、感じない原作者の差は何?
・採用するマンガ原作、採用しないマンガ原作の違いは何か?
・マンガ原作者たちの非常識な持ち込みとは?
・こんなマンガ原作者を求めています!(武者さんからのメッセージ)
◆第二部 もっとマンガを読め!
(マンガ原作者になるためのノウハウ)
・マンガ原作者になるため勉強って何?
・ひらめきをマンガ原作にするコツとは?
・マンガの売れ行きはテーマで10倍変わるってホント?
・愛されるべき主人公の作り方は?
・読者を惹きつけるストーリー、読者が逃げるストーリーとは?
・敵キャラの法則、敵キャラのタブーってあるの?
■マンガ原作者 北芝健さん
◆第一部 マンガ原作で年収3000万円めざせ!
(マンガ原作者の本音トーク)
・なぜ、北芝健は『踊る!大捜査線』のモデルになったのか?
・なぜ、北芝健の『まるごし刑事』は15年も連載が続いたのか?
・マンガ家とマンガ原作者は、どっちが儲かるの?
・編集者人脈の作り方、マンガ家人脈の作り方はどうするの?
・ふだん、マンガ家さんとはどうやってつきあっているの?
・食えるマンガ原作者と、食えない原作者の違いは何?
◆第二部 「俺流」の生き方が、マンガ原作になる!
(マンガ原作採用の裏技)
・原作者は、どうやってテーマを見つけるの?(専門性)
・ネームの作り方を教えて?
・これが北芝健のナマ原稿だ!(資料としてコピー配布)
・マンガ原作が採用されやすいコツってあるの?
・持ち込みのときに注意することはある?
・編集者との上手なケンカのしかたとは?
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<講師プロフィール>
◆武者正昭さん
1981年
少年サンデー配属
「プロレススーパー列伝」(梶原一騎/原田久仁信)
「ダメおやじ」(古谷三敏)、「さすがの猿飛」(細野不二彦)、
「GU-GUガンモ」(細野不二彦)、「六三四の剣」(村上もとか)、
「はしれ走」(みやたけし)、「とってもひじかた君」(鈴宮和由)などを担当。
梶原一騎のポルシェの助手席に乗って、駅まで送ってもらったのが自慢。
配属直後に、初めて見た持ち込み原稿が浦沢直樹。
浦沢直樹も、最初で最後の持ち込みということで、その時の印象を何度も書いている。
この原稿は、そのまま第9回小学館新人コミック大賞・一般部門で入選する。
1984年
FMレコパル配属。
オーディオと音楽一色。最大のラッキーが初来日のマドンナに会ったこと。
ドン・ヘイリー、イングベイ・マルムスティーン、井上陽水、宇崎竜童などに会う。
自殺直前の岡田有希子から名前入りの色紙を書いてもらったのがトラウマになる。
おまけに、サンミュージック前の事故現場にタクシーで、ちょうど通りかかってしまう。
1987年
「うっちゃれ五所瓦」(なかいま強・第35回小学館漫画賞受賞)、
「うしおととら」(藤田和日郎・第37回小学館漫画賞受賞)、
「健太やります!」(満田拓也)、
「行け!!南国アイスホッケー部」(久米田康治)、
「マッシュ~時代より熱く~」(山田貴敏)
などを立ち上げる。
安西信行、そにしけんじ、菊田洋之、きらたかしなどの新人を発掘、育成。
久米田康治は「さよなら絶望先生」で第31回講談社漫画賞受賞。
菊田洋之は「ガンバ!FLY HIGH」で第43回小学館漫画賞受賞。
満田拓也は「メジャー」で第41回小学館漫画賞受賞。
きらたかしは雌伏10年、「赤灯えれじい」でブレーク。
山田貴敏は「Dr.コトー診療所」で第49回小学館漫画賞受賞。
そにしけんじも「猫ラーメン」で大人気。
吉崎大二郎は観音と改名して「ケロロ軍曹」でブレーク、第50回小学館漫画賞受賞。
「機動警察パトレーパー」(ゆうきまさみ)の原稿に死ぬほど苦労する。
最終回をうまくまとめたのが自慢。
「うしおととら」は小説版も手がける。
1994年
ヤングサンデー
配属後、週刊化に向けて尽力。
「太郎」(細野不二彦)を担当、「赤×黒」(上條淳士)、「エロ純漫遊記」(山口かつみ)、「モザイク」(山口かつみ)、「球魂」(岸田やすてる)などを立ち上げる。
「海猿」(小森陽一/佐藤秀峰)では、原作、取材段階から立ち上げに関わる。
「海猿」というタイトルも発案。
1999年
小学5年、6年
「あさりちゃん」(室山まゆみ)、
「ポケットモンスター」(日下秀憲/山本サトシ)を担当。
「ゴリ押し成就ドラマジ」(高田裕三)、「幽子ちゃん100連発!!」(楠桂)、
「タイムスキップ真央ちゃん」(北崎拓)などを立ち上げる。
2001年
ビックコミック
「まいど!南大阪信用金庫」(平井りゅうじ/北見けんいち)他を担当。
「天上の弦」(山本おさむ)、「ダブル・フェイス」(細野不二彦)などを立ち上げる。
「太陽の黙示録」(かわぐちかいじ)の立ち上げに尽力。
2004年
スピリッツ
「日本沈没」(小松左京/一色登希彦)、
「邪眼は月輪に飛ぶ」(藤田和日郎)などを立ち上げる。
浜田ブリトニーを猛プッシュ。後に大ブレーク。
「みんな生きている」の原克玄、「イノセントブローカー」の加藤山羊などを後押しする。
2007年~
月刊flowers
小玉ユキ、岩本ナオ、江平洋巳などを若手の中心に据えて誌面の活性化を図る。
「坂道のアポロン」(小玉ユキ)は、「このマンガがすごい!2009」で第1位、
「町でうわさの天狗の子」(岩本ナオ)、「雨無村役場産業課兼観光課」(岩本ナオ)もベスト10に入る。個人的には担当している「しろくまカフェ」(ヒガアロハ)がお気に入り。
吉村明美の原稿を取るのに苦労する日々。
あちこちで新連載を立ち上げる。読み切りは数え切れず。
新人作家の発掘、育成が好きで、これが天職。
「既に出来上がってしまった作家には、あまり気持ちが動きません」とのこと。
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◆北芝健さん
元警視庁刑事。現職時は刑事警察、公安警察に所属、多種多様な事件を扱った。
空手六段、警視庁柔道二段、日本拳法三段。
アマチュアボクシングなどの武道の達人としても知られる。
東京都葛飾区生まれ。祖父、父、共に著作を多数持つ文人であり医者。
身長178cm、胸囲114cm。握力両手とも68kg。
1983年まで続いた「捨て駒いち」の後書きで、
本宮ひろ志の俺の空刑事編の原作が終わって、
バトンタッチのように始まったと書かれているが、
本宮ひろ志の俺の空刑事編は1980年に始まっているので、
少なくとも1980年代から、執筆活動や原作などで出版業界では知られていた。
また、「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の39巻ほかの連載初期の原作も行っている。
著書『北芝健のアンチエイジング道場』内で大学病院の専門医による診断では
肌年齢は28歳、また、生理年齢は30歳(2007年当時)である。
これまでの北芝健名義の書籍には30代などと書かれておらず、
北芝健は生年月日を非公表にしているので、
漫画原作などの経歴を知らない知人から30代から40代と言われる。
早稲田大学卒、会社員として勤務後、一念発起して警視庁入庁。
数寄屋橋、築地、銀座4丁目などの交番勤務を経験した後、通常は機動隊勤務に移る事が多いのだが、交番勤務成績が良かったため、捜査本部などの私服刑事となり、多種多様な事件を扱った。
その一方で鑑識技能検定にもパス。
また刑事時代に警視庁の語学課程で優等賞をもらった結果、公安警察に転属する事になった。
フジテレビ出版が出版した2003年の「勝手に!踊る大捜査線」という倉田真由美と北芝健が協力しているオフィシャル解説本で、踊る大捜査線の原案協力者であると明かされる。
主人公の青島俊作もドラマ内で、大学を卒業し会社勤め、一念発起してノンキャリ、交番から刑事・防犯・交通・公安まで転用生活が描写されているので、北芝健が青島俊作のモデルであるとよく言われる。
このように様々な部署で現場の犯罪を体験するにつれ、大学院で犯罪学を研究したいと決心し警視庁を退職した。巡査部長昇任試験は拒否し続けていたため、巡査のまま退官した。
大学院の研究の後は、現場の捜査を体験した犯罪学の教員が当時一人も居なかったため、すぐに大学や専門学校の教員として採用された。
現在は学術社団「日本安全保障・危機管理学会」顧問・教員(犯罪学)をしている。
また、早稲田大学の大先輩である今村昌平が開校した日本映画学校専任講師を十数年やっており、専任講師のため担任クラスを持った事もある。
空手家としては、文京区駒込で空手・護身術道場「修道館」を主宰する。
その他にテレビのコメンテーターも近年行うようになった。
1990年に得度し、密教僧侶の資格を獲得。
資格のある僧侶として、葬式を仕切った経験もあり、三郎丸 光明名義での著書もある。
そのほか警察官役の俳優として映画出演など、多数の方面で活躍している。

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